土田和歌子(マラソン)結婚した夫は誰?解雇した会社を調査!

土田 和歌子

リオパラリンピックの車いすマラソンに出場する土田和歌子(つちだ わかこ)さん。

交通事故によって車いすの生活となりました。

その後リハビリのためにと車いすでのスポーツを初めてメキメキと頭角を現しました。

夫や子供、そして解雇した会社というのが気になるので検証していきますよ!

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土田和歌子のプロフィール

土田 和歌子

引用元

生年月日:1974年10月15日

年齢:41歳

出身:東京都清瀬市

学歴:東京都立清瀬高校卒

2016年9月現在

土田さんは高校卒業後、親に甘えないために1人暮らしを始め、仕事が終わってから毎日過酷なトレーニング。

家に帰ってくるのは大体夜の10時ころで、寝るのはいつも12時過ぎだったといいます。

 

トレーニングの成果もあり、アイススレッジスピードレースでの長野パラリンピックの結果は

  • 金2
  • 銀2

合計4つのメダルを獲得して、一躍障害者スポーツを代表する選手として注目を浴び始めます。

 

そして、1996年22歳の頃からは車いすの陸上競技にも挑戦の場を移し、

2004年アテネパラリンピック5000m金メダルをとり、日本人初の夏冬パラリンピックでの金メダリストとなるのです。

では土田さんは生まれつき何か病気があったのでしょうか!?

土田和歌子は交通事故が原因で・・・

まず、車いすに乗ることになったきっかけと言うのは高校2年生17歳の時。

友達の運転する車に乗っていて交通事故に会ったことで、脊髄損傷という怪我を負ってしまったのです。

脊髄損傷はその名の通り背骨を骨折してしまうこと。その時に背骨の周りにある神経も損傷してしまうと両足の自由も奪われてしまうという怪我です。

 

先生からは

「もう、あなたは歩くことが出来ません。。。」

と言われた時はさすがにショックだったという土田さん。

 

ですがちょうど入院していた病院が脊髄損傷の怪我をした患者さんの専門の病棟があるところだったんです。

なのでカラフルな車いすでリハビリをする若い患者さんを見て、土田さん自身も早く車いすを使って自由に動けるようになりたい!!!と思ったことが怪我を負った自分を受け入れることが出来るきっかけとなったのです。

 

1993年11月の19歳の時に長野県で開催されていたアイススレッジの講習会に参加したことから競技人生が始まるのです。

土屋さん自身は遊び心で参加していたようですが、ノルウェー人の講師の人から才能があるのではないか?と見込まれ、3ヶ月後に迫っていたリレハンメルパラリンピックに急に出ることになったのです。

 

ですが結果は惨敗。

 

このボロ負けした状態が悔しかったのでしょう。次に開催される長野オリンピックに向けて更にトレーニングを強化していくのです。

長野パラリンピックが終わると、土田さんはアイススレッジスピードレースに見切りをつけます。それはこの競技が長野を最後にパラリンピック競技から外されることが決まっていたからです。

 

なので3年ほど前から練習の一環で車いすマラソンにも挑戦を始めていたので夏季パラリンピックに方向を転換するのです。

土田和歌子結婚した夫や子供は?

土田さんは結婚もされていてお子さんもいらっしゃいます。

 

お相手の旦那さんは、土田さんが2001年から勤めていたセイコハシモトインターナショナルコーポレーションの担当マネージャーだった

2005年6月にセイコ・ハシモトインターナショナルコーポレーションの担当マネージャー、髙橋慶樹さんと結婚、2006年8月には長男くんを出産しています。

 

2006年に出産ということはもう10歳位になっているんですね~^^

旦那さんは土田さんが出来ないことは全て手伝ってくれていて、無くてはならない存在だといいます。

小さい頃は動き始めた息子さんに手こずった時期も会ったようですがこの旦那さんのサポートが会ったからこそ競技と育児の両立が出来たのでしょうね!

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解雇した会社とは!?

2014年からは八千代工業株式会社という大手自動車部品メーカーに勤めている土田さん。

 

今まで土田さんが働いてきた会社は

  • 高校卒業~2000年11月まで東京都教育庁
  • 2001年2月~セイコ・ハシモトインターナショナルコーポレーション(S.H.I)所属。
  • 2006年11月~ヒューマントラスト所属。
  • 2009年2月~サノフィ・アベンティス所属。
  • 2014年10月~現在 八千代工業所属。

 

2000年12月からは高校卒業してから働いていた東京都教育庁を辞め、プロに転向。これは自分の意志ですので解雇ではないですね。

 

セイコハシモトインターナショナルでは旦那さんと出会って出産ということもあってこちらも自らの意志で辞めたかと。

 

そして次のヒューマントラストという人材派遣会社さんなのですが、ちょうど在籍中の2008年に土田さんは北京パラリンピックに出場しているのですが、ここで接触事故に巻き込まれ自分の骨がバキバキ折れる音が分かるくらいの骨折をし、一時息もできないほどの状態になります。

そしてそこから2ヶ月の入院となったのですが、この時に会社から解雇を言い渡されたとこちらのブログに書いてあります。

 

ヒューマントラストの土田さんが北京パラリンピック出場を知らせるPDFには

土田さんが北京パラリンピック以降は会社の障害者雇用促進の推進役として・・・と書いてありましたので、この会社の障害者雇用の先駆者としてパラリンピック以降は土田さんも頑張るはずだったのでしょう。。。

なぜここで解雇してしまったのでしょうか。。。

 

外野の私達がとやかくいうことではないのかもしれないのですが、会社の事情もあったのでしょう。もし講演会のことを書いてあるブログにも間違いないのであれば解雇は事実ということになりますね。

まとめ

土田さんを調べている内に障害者雇用ということもまだまだ日本は遅れているんだなぁということがあらためて分かった気がします。

まず道路自体が親切ではないですもん。(自転車にもですが・・・)

おなじ道路の整備をするのであればそのような事も考え、対策を進めていって欲しいですよね(汗)

あっすみません愚痴になっちゃいました。。。

 

次々と新しい環境になりながらも自分の道を真っ直ぐ進む土田さん。

カッコいいです!

 

でわまた~

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